「悪くないんだけど、これはうちのイメージではないよね。」
広告制作を続ける中で、今もふと思い出す経営者の言葉です。
情報は間違っていない。見た目も悪くない。それでも、その会社の広告として見ると、何かが違う。
この「何か」は、なかなか一言では説明できません。しかし、話を聞いていくと、会社が大切にしていることや、お客様との関係、自社の製品やサービスへの誇りが少しずつ見えてきます。
「うちらしさ」という言葉が指していたのは、単なる色や形の好みだけではなかったのだと思います。
ガイドラインがなくても、判断のよりどころはあった
企業の理念や独自性を整理し、社内外へ一貫して伝えるCIという考え方は、以前からありました。ロゴやコーポレートカラーなどは、その視覚的な側面を担うVIに当たります。[1]
ただ、私が当時関わっていた制作の現場では、会社のイメージや表現の基準が、いつもガイドラインに整理されていたわけではありません。担当者や経営者とのやり取りから意図を汲み取り、広告ごとの方向性を探っていました。
それでも、会社らしさがなかったわけではありません。
むしろ、経営者の中には、はっきりとした感覚があったのでしょう。「これは違う」という言葉には、長く事業に向き合う中で培われた判断が含まれていたのかもしれません。
ガイドラインがないことと、判断基準がないことは、別のお話です。
デザイナーは、対話の中からその感覚を受け取り、言葉や写真、文字や色へと置き換えていた。いま振り返ると、そんなふうにも思えます。
商品やサービスのよさを伝える、その先に
品質がよい。競合より価格を抑えられる。便利な機能が備わっている。これらは今も、商品やサービスの優位性を支える重要な要素です。
私の記憶では、まず商品やサービスの特徴や販売上の強みがあり、それらをどのように魅力的に昇華させるかが問われていました。その価値を見極め、表現を磨き上げる力は、広告制作に求められるスキルでもありました。
当時の広告表現においても、品質や価格の訴求にとどまらず、企業の姿勢や、商品やサービスの世界観を丁寧に伝えるものがありました。機能や条件だけでは伝えきれない、その企業ならではの魅力を伝えることも、デザインが担ってきた役割の一つです。
変わってきたのは、伝える内容だけではありません。企業とお客様が出会う機会そのものが増えてきたのです。
テレビや新聞、雑誌に加えて、Webサイトや検索、SNS、個人の発信を通して、商品やサービス、さらには企業そのものを知る。広告を見て気になったものを調べ、購入した人・体験した人の感想を読み、つくり手の投稿をたどる。
電通の推計では、2025年のインターネット広告費は総広告費の50.2%を占め、初めて過半数に達しました。これは広告効果の優劣を示す数字ではありませんが、広告費の配分が大きく変わったことを示しています。[2]
マス広告の役割がなくなったのではなく、企業や商品・サービスの露出機会が多様になった、と捉える方が近いでしょう。
商品やサービスを提供する側の姿勢が伝わる時代へ
SNSでは、提供されている商品やサービスだけでなく、その開発過程や、つくり手の言葉にも触れられます。インフルエンサーや利用者の発信を通じて、企業とは別の視点から商品やサービスを知ることもあります。
また、ブランドが消費者へ直接販売するD2Cでは、販売とともに、自ら顧客との関係を育てていくことになります。JETROが公開した米国市場に関する講演資料でも、DTCブランドの特徴として、ブランド体験やストーリー性、ソーシャルメディアの活用が挙げられています。[3]
なぜ、この商品やサービスを生み出したのか。
どうして、この素材や仕組みを選んだのか。
どんな人が、何を大切にしているのか。
そうした背景を、企業自身が継続して伝えられるようになりました。
ストーリーは、商品やサービスのよさに代わるものではありません。よさの理由を知り、その会社への理解を深める手がかりであると言えます。
例えば、同じ「丈夫な製品」という説明でも、素材の選び方や、長く使ってもらうための工夫まで伝われば、受け手は製品だけでなく、つくり手の姿勢にも、より好意的な印象を持つかもしれません。
大きな創業物語がなければいけないわけでもありません。日々の事業の中で当たり前にしていることに、その会社らしさが表れることもあります。
デザイン会社が提案することも、広がってきた
企業と顧客の接点が変わる中で、デザイン会社が関わる領域にも広がりが見られます。
ロゴや広告、Webサイトを制作するだけでなく、課題の整理やブランドの方向性、サービスのあり方から関わる会社もあります。例えばコンセントの沿革には、編集デザインやWebの情報設計から、サービスや体験の設計へ活動を広げてきた経緯が記されています。[4]
こうした提案の広がりには、顧客から求められる内容の変化と、制作会社が自社の価値をどう伝えるか、その両方が関係しているのではないでしょうか。
ただ、新しく加わった領域もあれば、以前から制作の中で行っていたことを、改めて言葉にした部分もあるように感じます。
会社の姿勢を聞く。伝える相手を考える。表現の方向性を探る。
それらは、「ブランディング」という名前で依頼されなくても、クリエイティブワークの過程で必要になることでした。
2018年に経済産業省・特許庁が公表した『「デザイン経営」宣言』も、デザインを事業や製品・サービスの初期段階から活用することを示しています。これはデザインへの取り組みが始まった年ではなく、その役割を経営の中に位置づけて示した節目の一つです。[5]
大切なのは、その関わりをどう名づけるかだけではなく、何を実現できるかだと思います。
企業の姿勢を、言葉とビジュアルで伝える
会社として大切にしていることが整理できても、それだけで相手に伝わるわけではありません。
例えば、「丁寧なものづくり」を伝えたい会社なら、どの工程を写真で見せるか。製品のどの部分に目を向けてもらうか。コピー全般を、どのような言葉や語り口で構成するか。
写真の選び方も、文字の扱いも、情報を見せる順番も、その会社の印象に関わります。
SNSで感じた姿勢がWebサイトでも伝わり、会社案内を手にしたときにも、同じ会社だと感じられる。すべてを同じ見た目にするのではなく、それぞれの接点に合った表現で、共通する考え方を伝えていく。
CUREが大切にしていることは、企業への理解を深め、その姿勢や価値が伝わる表現を、言葉とビジュアルの両面から追求することです。
写真の選定、コピーの語り口、書体や余白の取り方。表現の一つひとつに理由を持たせ、制作物全体を通して、その企業らしさを形成していきます。
ガイドラインも、そのためのよりどころになります。ロゴや色の指定だけでなく、なぜその表現を選んだのか、何を大切に残したいのかを共有できれば、担当者や制作物が変わっても、判断を引き継ぎやすくなります。
若かりし頃、経営者の方や決裁権者の方とのミーティングの中で受け取っていた「うちらしさ」。
対話を通して、その会社への理解を深める大切さは、今も変わりません。そこで共有した感覚を、WebやSNS、会社案内など、さまざまな接点でも伝わる表現へと展開していく。
「これはうちのイメージではない。」
その一言は、デザインを否定する言葉ではなく、会社が大切にしているものを知る入口だったのかもしれません。
その背景を読み解き、表現を探る。デザインの役割が広がっても、クリエイティブワークの根底には、変わらないものがあるように思います。
あわせて読みたい
当時の制作現場については、「アナログが支えた90年代初頭までの広告デザイン」でも振り返っています。
表現の判断基準を共有する方法は、「中小企業にブランドガイドラインは必要?小さく始める7項目」で紹介しています。
企業の特徴をWebで伝える実践については、「中小企業のホームページは、何で差がつく?|選ばれる理由を伝える5つの設計」もあわせてご覧ください。
CUREのクリエイティブワークは、作品事例からご覧いただけます。
参考資料
[1]中小企業基盤整備機構 J-Net21:CI(コーポレート・アイデンティティ)の解説
[2]電通:2025年 日本の広告費(2026年3月5日公表・PDF)
[3]JETRO:米国DTC市場に関するウェビナー講演資料(2021年6月17日・PDF)
[4]株式会社コンセント:沿革
[5]特許庁:「デザイン経営」宣言(2018年5月23日公表)
資料確認:2026年8月。制作現場についての記述には、筆者自身の経験と見解を含みます。
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